No Dog No Life

脳出血の後遺症で脚を悪くしたステイホームなオヤジと2匹のワンコの Slice of Lifeです。

アレン逝く

続きは次回にと書いてから3か月。

 

前庭障害はなんとか克服したのに、或る夏の日の夕方今度は大型犬には致命的とさえ言われている胃捻転になり、夜間営業している動物病院に運び込むと、即開腹手術の運びとなりました。

 

手術前に、老犬なので全身麻酔手術に耐えられるかどうか、生存率は50%と覚悟してと医師に念を押されてのオペでした。なんとか手術は無事終了。

 

術後は二、三日の入院が普通のようですが、アレンはハウスの中で吠えまくり、翌日帰宅指示が出てしまいました。

是非もなく連れて帰り、往診の先生に来てもらうことにしましたが、数日してごはんを食べられなくなり

かかりつけの動物病院に連れて行くと、食道拡張症との診断。食道が広がってしまい、胃に食物を送り込めなくなる由。水も飲めなくなります。

 

食道が縦になるように抱きかかえて水を飲ませても、そうそう上手くいかず。苦しさにずっとえずいては泡を吐くことを繰り返し、だんだん衰弱していきました。

 

そしてある日の深夜に、家族で一番懐いていた妻の腕の中で眠るように逝きました。すややかに寝ているようにしか見えない良い顔をして。

 

14歳2か月。ゴールデンレトリバーとしては例が少ないぼどの長寿とは主治医の先生の言。

 

最後だけ少し苦しかったろうけど、それまで病気という病気をしたことのない健康優良犬。犬生を全うしたとむしろ喜んで送ってあげたいと思いました。

 

執刀病院で帰宅命令が出るほど吠えまくったのは、自分の運命を悟って、家族の見守る中で逝きたいと願ってのことではなかったかと家族で述懐しています。頭が良く、勘のいい子でしたから。

 

合掌

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アレンくんが前庭障害になった件

 

 

ある日の夕方我が家のイングリッシュ・ゴールデンレトリバーのアレンくんが突然嘔吐して立てなくなりました。

家族一同動揺して家から車で30分のところにある緊急動物病院、ここは夜間診療もやっているところですが、この緊急動物病院に運び込みました。

 

お医者さんの診断は多分特発性前庭障害であろうと言うことでした。診断の根拠はアレンくんの両眼の黒目が左右に激しく揺れ、涎が止まらないという症状です。

前庭障害と言うのは、症状的には、内耳の構成器官である三半規管に隣接する前庭というところが障害を起こして目が周り立てなくなる病気だそうです。メニエル病と同じ種類のもので、運動機能に障害が出るそうです。

 

特発性ということは、はっきり言えば原因不明ということだそうです。原因は脳の腫瘍が圧迫して起こることもあるし、脳梗塞であることも。

 

前庭障害は特に治療薬はなく、数週間から数ヶ月経過すると、自然と治るケースも多いんだそうです。

原因が悪性腫瘍だった場合は治らないわけだし、死に至ることもあるでしょうけど。

 

原因特定のために、できるだけ早く、かかりつけの動物医に見てもらってくださいと言われトボトボと帰ってきました。

 

アレンくんは、イングリッシュ・ゴールデンレトリバーの中でも大きい方で、体重は45キロもあります。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、行きは妻と長女がやっとこさ車に乗せて緊急病院には運びましたが、帰りが車に乗せるのに大変だった由。

 

私は足に障害があるシニアなので、何も手伝うことができず、家に留守番、もう一匹の愛犬のステラ嬢を見ていました。ステラは、両眼とも盲目で目が離せないのです。

 

女子2人の力ではどうにもならないので、働くようになって家を出て1人暮らしをしている長男に何とか都合をつけてもらって帰宅してもらい、翌日、かかりつけの動物病院に、アレンくんを連れて行きました。

 

症状は前庭障害ですが、原因は多分脳梗塞であろうと言う主治医の診断でした。

 

びっくりしましたが、犬の脳梗塞と言うのは、人間ほど、クリティカルな病気では無いと聞き、少し安心しました。MRIをとれば、脳梗塞の有無はわかりますが、老犬には体に大きな負担となるため、避けた方が良いだろうと言うことでしたので、MRIはやめました。

 

アレンくんのような大型犬をこの病院に連れて行くのは女子だけでは無理なので、主治医の知り合いの往診専門の動物医を紹介してもらいました。

 

この先生がとても良い先生でほんとに助かりました。

 

続きは次回に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてワンコとの生活が始まった

10年前には、今日のように完全在宅で2匹のワンコたちと過ごすようになるとは夢にも思いませんでした。

 

2011年6月、大手広告代理店で営業の管理職をしていた私は、翌年から中国の合弁会社への出向を内示されていて、諸々準備を進めていました。

この年の3月11日に起きた東日本大震災は私の身の振り方というか、考え方に大きな影響をもたらしました。それまであまり環境の変化を好まない私は、英語がそこそこ出来たにも関わらず、何度も打診された海外勤務をのらりくらりとかわしてきたのですが、この未曾有の大災害に、動かないことが安全と思うのは間違いではないかと痛感。

その心境の変化が背中を後押しをして、大きな成長が見込まれる中国市場の強化という社の課題に呼応して、ついに異動人事を快諾したんです。

 

私が赴任したのは2012年初頭でしたが、まさかこの年が日中の関係が最悪に拗れること年になるとは予想だにしませんでした。

当時石原都知事尖閣列島購入の意思表明をしたことをきっかけに、日本が国として国有化を決定したことによって、中国国内で起きた反日運動の凄さは激烈でした。

社業もこの反日運動の影響で大打撃を受けまして、ストレスたるや半端なく、すんなり寝付けない夜の続く日々でした。

 

で。これが原因がどうか因果関係はわかりませんが。私は赴任して一年でくも膜下出血で昏倒してしまいました。この辺の細かい経緯は省きますが、日本から駆けつけた妻は医者から「意識は戻らないか、戻っても寝たきりになる可能性が大きい」と絶望的な宣告をされましたから、相当重篤な状態だったんですね。

 

でも。出血が一時ぴったり止まって、カテーテル手術が可能になりまして、その結果私は一命を取り留めて、いわゆる記憶や感情に後遺症の出る高次脳機能障害は全くなく済んだんです。

 

とは言え、右脚に機能障害が残り、杖をつかなくては歩けない体にはなりました。

1年のリハビリ期間を経て会社に復帰しましたが、足を引きずっての通勤はなかなか不自由なものがあり、もはや潮時と早期退社することに決めたのが、2015年のことです。

 

新しい生活。妻と子供が3人いますが、独立してひとり暮らしをしている長男以外は、みな在宅で、それぞれに会社に通勤しています。妻も有職

つまり日中に家にいるのはワンコ2匹と私の3人😀です。

サラリーマン現役時代に「モーレツ」な営業マンだった私は、家でご飯を食べることはまずなく、というより毎晩「午前様」が常態で、週末は接待ゴルフという生活だったわけです。

在宅時間は家族の中で最短でした。

 

そんな私に、在宅が基本という180度違う新たな日常がやってきました。

 

ワンコは、1匹は2008年に我が家にきた雌のイングリッシュ・コッカー・スパニエル。もう1匹は翌年2009年に迎えた雄のイングリッシュ・ゴールデンレトリバー

 

中国赴任が2012年の1月です。それまで3、4年は一緒に過ごしていましたが、二日酔いで息も絶え絶えする朝の散歩が唯一の触れ合いでしたから、初めて長い時間を2匹のワンコと過ごすことになったわけです。家族に比べると、ワンコたちとは密度の薄い付き合いしかしてこなかった私ですから、最初は何か遠い間柄というか、よそよそしい感じだったと思います。お互い。

 

ところが。ひとは環境に順応するというのは本当ですね。

 

あるとき気がつきました。テレビを見ているとき、友人と携帯電話で話していて切った後、お水をあげるとき。。。ワンコに話かけているではありませんか、自分が。

 

「同じようなひな壇芸人を並べてさ、ほんとに昼のバラエティは芸がないっていうか、制作費がないのか、ダメだよな。」とか。

「彼は、話が長いんだよね、整理能力がないんだろうなきっと。」とか。

「喉渇いた?」とか。

 

もちろん返事はありませんよ。😀

でも、間違いなくワンコとの距離は縮まったのだと思います。

 

ワンコたちと私のit's a small worldの始まりです。